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2009(Wed) 07:00

秘密(4)

百鬼の眠る場所

「―――――では、お気をつけて」
「失礼する」
 羽柴京太郎は門前で頭を下げた青年にそう告げると、大塚家を後にし、向かいの空き地に止めてある自分の車へ向かって歩き始めた。
 ギリッ――……と奥歯を噛み締める。
 何度ここへ通ったことだろうか。
 地滑りで見つかった古い遺跡は大変な発見に繋がるものに違いないというのに、あの山周辺を管理する金碗家がそれを許そうとしない。バイパス工事のために県が買い取った土地を調査したところ、小さな通気口から奥へ、凡そ人が通るものではない細い石段がそのさらに奥へと続いている。
 ―――だが、その奥は県が買い取った土地ではなく、金碗家の保有する土地なのである。
 県は金碗家の土地をそれ以上荒らすなと羽柴に苦言を呈し、付近から新たに発見された弥生時代の石器や農器具、住居跡などの調査を勧めた。
 当然、羽柴がそんなありきたりな集落跡の発掘で満足するはずもなかった。
 そもそもあの辺りはその昔安房里見家が治めていた場所だ。
 室町後期から江戸時代、外様だった里見家が岡山へ流されるまでの二百余年、『禁域』とされた場所なのだという。
(―――だったら尚更興味をそそるじゃないか)
 馬琴の描いた傑作<南総里見八犬伝>の舞台ともなったこの南総の土地、『禁域』とされる場所、謎の社が眠る遺跡―――これほどまでに劇的な大発見が今まであっただろうか?
 県側が足踏みをする理由は勿論土地の債権の件だが―――、金で済む話だというのなら幾らでも考古学好きなパトロンを捕まえることは出来る。
 だが、里見家も金碗家も蜑崎家もそれを善しとはしなかった。
 三家の代理人だという大塚家に阻まれ、蜑崎家・金碗家どころか里見本家にも出向くことは叶わない状況が一年以上続いている。
 許可が下りない以上、調査は頓挫したままだ。
「――――全く。いい加減折れてくれないものかな」
 車の助手席に乗り込んだ羽柴は、大きなため息をつきながらそうぼやいて見せた。
「―――それだけ重要な場所なのでしょうね……」
 運転席のバックミラー越しに大塚家の門を見据え、梓はぽつりと呟いた。
「そうだ。重要な場所だと言っているようなものだ。なのに――指を咥えたまま何も出来ないとは」
「歯がゆいですね、先生」
「全くだ。―――何か手はないものかな……。そういえばこのところ里見の名に縁のある人間が相次いで急逝する事件があるが、いっそのこと彼らも巻き込まれてしまえばいいと、最近思うことがあるよ」
 「―――いかんな、私も。どうも行き詰っているらしい」と羽柴は苦笑し、無言でミラーを見つめる梓に車を出すように告げた。梓は笑顔で一つ頷き、エンジンをかけた。
 先ほど羽柴を門まで送った青年は、こちらを伺ったまままだ立っている。
 車を出すまではあのまま立ちはだかるつもりだろう。
(――――こざかしい)
 内心そう舌打ちをしながら梓は車を沿道へと出した。
 遠ざかる大塚の家をサイドミラー越しで眺めた後、梓は助手席の羽柴を見やった。
「――――”言葉”は古い時代から”力”を成すと言いますよ、先生。あまり不用意な発言は控えた方が宜しいのではないでしょうか?」
「”言霊信仰”か?梓くんはアニミズムにも興味があるのかい?」
 羽柴の言葉に梓は首を振った。
「いいえ、そんな大層なものではありませんよ、先生。―――でも、確かに”言葉”は人間にある種の”呪い”をかけます。立場ある先生にそんな穢れを呼び込まれでもしたら、私―――」
 ほんのりと頬を染める梓の肌を、羽柴はいとおしそうに指で撫でると目を細めた。
「おお、そうだった。私は立場ある人間だった。―――苛立っていたとはいえ、非常識な発言をしてしまった。許してくれたまえよ、梓くん」
「――――いいえ、分かって頂けたのなら……」
 先ほどまでのイライラはどこへ消えたのか、羽柴は急に上機嫌になった。
 梓と男女の一線を越えてからというもの、彼は片時も梓を離そうとはしなかった。
 最近では羽柴の家に半ば同居するかのように部屋を設けられ、彼の研究を手助けする反面、毎夜のように情を交す生活が続いている。
 羽柴の妻は、急変した夫を恐れてか文句一つ言わずに梓の同居を受け入れていた。
(―――他愛もない)
 徐々に徐々に梓の虜になろうとしている羽柴は―――、自分が里見の縁者を巡るたびに、彼らが網羅している結界の一部を壊していることに気がついてはいない。
 百鬼である自分たちに反応しても、人間には触れることの出来る小さな結界もある。
 さほど影響を及ぼさないように見えて、それが幾つも幾つも壊されればやがて大きな綻びとなる。
 里見の分家も、金碗家も、蜑崎家も―――そうやって少しずつ狩っていったのだ。
(―――邪魔な畜生どもも、そろそろ狩る時期か)
 人間である羽柴に”魂鎮めの社”の祠を開けて貰うためには、まずはあの土地に厳重に張られてる結界を解かなくてはならない。だが、さすがに『禁域』と称するだけあって、あの場所は百鬼だけでなく、普通の人間でさえもむやみに立ち入れないようにしてあった。
 結界を張った五人のうち、蜑崎当主・晃一と金碗家当主・邦和、先代八犬士の一人―――狛江早智は狩った。残りは二人―――大塚誠一郎と里見依義(よりよし)のみ。
 彼らを亡き者にして、”魂鎮めの社”に張った結界を解き、この羽柴に祠を開けさせる。
 そして―――この女の肉体を取り込み、完全なる復活を遂げるのだ。
 百鬼としてではなく―――”玉梓”として。







 「まずは金碗邦和の話を聞こう」―――対面した誠一郎はそう述べ、史郎と静だけを下げさせた。
 別室に移された史郎と静は、縁側に座り込んで青々と茂る竹林を見つめていた。
 ―――先ほどの男と誠一郎の会話からして、隣に座る少年が彬達の言う”次期様”ということになる。
(次期様――というか、もう当主様か。……どんなヤツかと思えば、子供でやんの)
 袴姿の少年は、史郎の視線を感じたのかその黒い瞳を向けた。
 格好のせいか少し大人びて見えるものの、あどけない表情はやはり子供だ。彼はどこか落ち着かない素振りで、上目遣いに史郎を見上げた。
「―――貴方も”犬士”ですか?」
 鈴が鳴るようなその声に、史郎は思わず苦笑した。


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